テーマ10 青森の文学:太宰治・寺山修司を学ぶ 【教科とのかかわり】国語

テーマ10 青森の文学:太宰治・寺山修司を学ぶ

体験プラン
学習のねらいとその効果
1. 太宰治
◎「走れメロス」の作者の故郷で、その文学を育んだ津軽の風土と「家」の問題にふれ、家族「愛」や生きることについて考えるきっかけとする。
◎「富嶽百景」の作者の故郷で、その文学を育んだ風土と「生まれてすみません」と言わせた「家」にふれ、大切なものを探し続けた「津軽」の「私」と同じように、生きることについて考えを深める。
2. 寺山修司
◎作品を発表するだけでなく、全国組織を作り、俳句雑誌まで創刊した青森の高校生寺山修司。その歩みをたどり、表現することについて考えるきっかけとする。
◎「百年たったら帰っておいで。百年たてばその意味わかる」と時代を先駆けた寺山修司。「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」と歌に詠んだ寺山の歩みをたどり、多彩な表現について考えを深める。
◎作者の心情や意図と創造的な工夫などを理解し、作品に対する見方を深める。

故郷・金木町からダザイ文学をひも解く

 太宰治は明治42年6月19日、大地主・津島源右衛門の第十子六男、本名・津島修治として誕生し、13歳まで五所川原市金木町に現存する青森ヒバを贅沢に使った生家で暮らしました。大地主ゆえに周囲とはかけ離れた環境の中で育ちました。太宰は第一創作集『晩年』に収録されている「思ひ出」や数々の作品の中で、生家や生家の人々について語っています。

 1944年、『津軽』の執筆を依頼された太宰は十数年ぶりに故郷に戻り、津軽を旅することで、自分を見つめ直すことができました。自らの生い立ちを語り“忘れ得ぬ人々”との再会の様子が描かれています。太宰にとって故郷とは何か。家族とは何なのか。今でも威風を放つ太宰治記念館と金木町の風土に触れることで、太宰文学の根底にあるものを感じとるとともに、生きることについて考えます。

表現の宇宙が広がるテラヤマ・ワールド

 寺山修司の表現の場は、短歌・俳句・詩・演劇・映画・写真・競馬・評論・エッセイなど多岐に渡り、その前衛的な表現は海外からも高い評価を得ています。多彩なジャンルで生み出された多くの作品は、読み継がれ、受け継がれ、上演し続けられ、今日に至っています。

 1945年7月の青森大空襲から1949年までの4年間、寺山修司は父親の実家がある三沢市で過ごしました。9歳から13歳の多感な少年時代に刻まれた記憶は、後のテラヤマ芸術の原風景となり、三沢市は前衛芸術家として時代を駆け抜けた彼の故郷となったのです。その地に建てられた記念館には、寺山修司の足跡が、彼が表現した意味深な言葉とともに様々な形で残されています。足跡を探し見つけ出した数々の作品から、表現することについて学びます。

メッセージ

青森県近代文学館

 本州の最北端に位置する青森県。その厳しい風土は、太宰治・寺山修司・葛西善蔵をはじめ、個性的な文学者を数多く輩出して来ました。青森県近代文学館では、本県を代表する13人の作家の直筆資料や遺品のほか、様々なジャンルで活躍した本県ゆかりの文学者の著作などを常設展示しています。ぜひ当地を訪れ、青森県の近代文学の魅力に触れるとともに、全国有数の文学県といわれる本県の風土を実感していただけたらと思います。

主事 竹浪直人
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